2010年5月 2日

県営小牧空港の悲哀

かつては中部地区の空の玄関であった県営小牧空港
しかし中部国際空港セントレアの完成により、その玄関の座を明け渡し、今ではいくつかの国内線とエアウォークというショッピングモールで成り立っている場所である
ちなみにエアウォークは結構繁盛していて、映画館もあるのでたまに利用するし、国内線も長崎便があるので一昨年に利用させていただいた
しかしその時は単純なる車に乗らないオヤジの都合であり、本来であれば高速道路をぶっ飛ばせばセントレアへも大してアクセスが悪いわけではない

で、その県営小牧空港がJAL問題で揺れている

元々セントレアが出来るときにも巻き起こった問題なのだが、ここから民航機が飛ばなくなると困る人達が当然いるわけだ
滑走路の反対側は小牧基地、皆様よくご存知のPKO任務で輸送任務がある時にはここから飛び立つわけで、戦闘機部隊がいるわけではないのだけれど、なぜだか県が空港を防衛省に売ることを懸念する声も高いと報じられている
様々な大人の理由で国内線数便がこの小牧空港に残されたのだ

一昨年の感じで言えば、長崎に帰省したのは3連休の時、それなりに人は乗っていたけど小型の飛行機であり、実際には50人位という感じか?
あれが平日となればガラガラなんだろうから確かに赤字なのかもしれないね

で、JALは破綻した、当然整理をしなくてはならない
こんな地元の都合で残された便など民間の理屈から言えば確かに廃線だろうね
セントレアで十分なんだもん、それにセントレアが小牧空港の代替えで作られた空港である以上、本来であればもっと早くに民間からでなく行政がそういう形に持っていかなきゃいけなかったんだよね
ということで、JALから突きつけられたのは小牧空港全線廃止
今更ながらに県の担当部署は混乱し、我が小牧市も市長自らが不安を口にしている
当然昨年度大赤字だったANAもこれに便乗してくる可能性は高い、何度も言うがセントレアがあれば十分な中、政治と行政の怠慢により残っているだけの便なのだから必然的に淘汰されるべき便なんだよね

個人的には小牧空港から飛んでくれている便が多い方が便利ではあるんだけど、そのために税金使われたり企業が赤字でも残してくれ!みたいなことはない
思ったより早かったけど、なるようになったし、地元住民もエアウォークの繁盛でそれなりには恩恵受けてるわけだしね
残った問題は全線撤退となった場合、管制権を防衛省に譲るのかどうか、さらには空港自体を防衛省に売るのかどうかだ
当然離発着する飛行機のほとんどが防衛省管轄の飛行機になってくるわけで、そうなればそれも必然的にそういう流れになるのが当然の流れ
しかし行政側の発表ではそういうことは考えていないとか反対だという声
ここで人気取りしないで素直にそういう流れですと言って置いた方が後々楽なんだろうけど、そういうわけにもいかないだろうね

ただでさえセントレアがガラガラだと問題視されている昨今、小牧空港に便を誘致する手間があるならばセントレアに力を注いでいただきたいわけで
元々の事業計画通り、セントレアに集中させ小牧空港は残念だけど諦めてもらうという決断を神田知事がいつ決められるのか、どうせ今年で引退されるのであるからご自身が撒いた種はしっかり刈り取ってくださるとはおもいますが、ピーチライナー廃線に告ぐ地元での大きなニュースだけに早めの政治決断で混乱を巻き起こさないようにしていただけると幸いです


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2010年3月 8日

いまだに住基ネット反対だった人の意見が理解できない

別にご意見はご意見として主張されてもいいことだと思うので批判をするという意味のエントリーではありませんのであしからず

本日地元小牧市役所にて住民基本台帳カードを作成してきました
なぜならばイータックスで申告をするのにコイツが必要だったからです
カード製作代500円と電子認証登録代だかで500円、あわせて1000円で作れました
カードの有効期限と電子認証の有効期限がバラバラってのはちょっと使いにくいかと思ったけど、あれだけセキュリティが!!って騒がれた後なので仕方ないのかもしれない

記憶では確か田中康夫(当時長野県知事?)が猛烈に反対していたこの住基ネットの導入だったが、でもしかし役所仕事のシステム化こそ公務員削減への第一歩ではないか?と思っていたおれとしては不思議で仕方なかった
これで業務が簡素化され待たされる時間も短くなれば住民サービスとしてもよい結果になるであろう
だがしかし懸念としては問題とされていたハッカー(笑)への対策ではなく情報を集計しやすくしてしまうので情報を集約する部門が意図的に何かに使おうと思えば使えるかなという別の権力みたいなのが発生する懸念だけだったんだ

小牧市役所は本当に丁寧な接客を窓口でしてくれるいいお役所だと思っている
そんな市役所でこの平日に待たされるほどこの住民基本台帳カードを作成、もしくは更新する人たちがいたのに驚いた

みんな結構カード作って使ってるんじゃんw

で、ふとおもったんだ
あの騒動ってなんだったんだろう?って
あの騒ぎの裏を調べる気にもなれないのでだれか知っているならば教えておくれ


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2010年3月 4日

自衛隊を辞めた理由(わけ)

私が高校生の頃、父親ブッシュのクェート解放戦がありました
戦争の賛否はともあれ、テレビでみる左翼的な人たちの意見には同調しかね、結局成績優秀でまだバブルの余韻残る時代の中、愛国心に駆られて自衛隊に入ったのでした

航空自衛隊に入りまして
3ヶ月半の基礎訓練ともう3ヶ月半の職業訓練を経て部隊に配属になったのは入隊した年の秋でした
詳細はいろいろ防衛機密もあることですし書けないことも多いのですが、社会人一年目ならだれもが感じるであろう苦労やら悩みは多少ございまして、でもそれとは違い多分自衛官にしかわからないモヤモヤとした何かを感じずにはいられないのでした

憲法9条

これほど自衛官の存在を否定しているモノはありません
入隊してすぐの基礎訓練の時に教えられたこと
「憲法9条は自衛権を否定していない、その上に自衛隊法と自衛隊設置法が作られているから我々の存在は合法的な物である!」
わざわざそう言わないと存在意義を見失う、そういう危うさがあるからこそ最初に教えるんだろうと実感したわけだ

そしてこの問題が直面する出来事が部隊配属から1年後に起こる
カンボジアPKO問題
父親ブッシュのクェート解放戦で散々国際避難を浴びた日本政府が重い腰を上げてPKOに参加するということだった
地政学的に見て中東や東南アジアは日本としてライフラインということもあり、ここは自衛隊が出動して見事に任務を果たすべきだ!と私も思ったし、他の先輩方も色めき立つ
今思えば日本国中を敵に回し続けた組織の、初めての日の目を見る仕事になると思ったからだろう

しかし期待は脆くも崩れ去る
「憲法9条を守れ!」
とばかりに当時の社会党が一斉に反発、山は動いたじゃないけどそれは猛烈な勢いでした
東京の基地だったので周囲にはマスコミがわんさか詰めかけ、なんでもいいからコメントを取ろうと必死だし、社会党や共産党の街宣車が朝8時から大音量で
「自衛官の皆さん、私たちはあなた達を行かせません、安心してください!」
と叫び続ける
夜勤明けの人間がいることもお構いなしにだ
夜勤中、テレビからは朝まで生テレビが流れていて、論客と言う人達が現場で危険があることも知りもせず、イデオロギーから武器は駄目だとか丸腰で行けとか言い放つ

おまえら、おれらもおまえらと同じ日本人であるということを忘れてないか?

日本を代表して行くはずのカンボジアに丸腰で行けという
本当に心から怒りが沸いた、思想を優先して人の命を犠牲にしてもいいのか?と
当時マスコミが頻繁に言っていた言葉がそれを如実に現していると思う
「血を流す貢献」
そうか、そんなに丸腰で行かせて無駄に自衛官をしなせたいのか、でも自民党ならそれをはねつけてくれるだろう
そんな淡い期待は見事に妥協という言葉で打ち消された
64式小銃の携行のみを許可するという妥協案

あの、今から戦場だったところに行くんですけど、それで死んでくればいいんですか?

本気でそう思った
この国は人が死なないとわからないのかと
だから青臭い当時のおれはPKOに志願した
航空自衛隊員でなおかつレーダー管制官だから現地ですることはないとわかっていたが、なんだか無性に悔しかったんだ
この国は臭ってやがる!仲間の誰かが無駄に殺されるくらいならおれが代わりに死んでもいいさ
って本気で思ったんだ

当然私の仕事はなく、志願は受理されずそのままにPKOはスタートした

この問題、語ればキリがない
法体系も組織体系も全然整わないのになし崩し的に行われている海外遠征に危惧を抱かないわけではないし、手足を縛って本当に死ね!という状態で現場に送り出している
海外以前に自国の防衛体制も同じような理屈でなかなか自由に自衛隊が行動できなくなっている
自分の国を守るための組織の手足縛って何が楽しいんだ??

だから自衛隊を辞めた
社長になり金を稼いで人脈作って政治家になるんだ、そしてこんな腐った世の中を変えてやる!
そう小隊長に言ったら本気でカウンセリング受けたらどうだ?と言われた
本当にやさしい小隊長でした、確かに私自身どこかおかしかったのかもしれないと今なら思える、でも当時は本当にこんな腐った世の中なんて変えてやる!って思っていたし、それは今でも心に深く刻み込まれてまっとうな人生を放棄して夢ばかり追うおっさんにまでなっちまっている
あの時カウンセリングを受けて自衛隊病院で鬱病患者として入退院を繰り返していたら、少なくとも安定した人生を送れていたのかも知れないね

このページのプロフィールにも書いていること
自主自衛の防衛体制を作ること
ネット右翼(笑)と呼ばれている人たちが韓国をバカにしているのを見て、今自分の国も100年前の韓国と同じだということをなぜ認識しないのか?と思う
日本が結局併合しなきゃいけなかったのは韓国が自主自衛の意思がなかったから
清にすりより、ロシアにすりより、日本にすりより、そんな外交を繰り返した挙句の併合
今の日本はどうだい?
アメリカじゃだめだから中国?ロシア?いやいや、まずは自主自衛の心構えを持たなきゃ
自分の国を自分で守ってナンボ、そこから外交の戦略が生まれ集団的自衛権だのなんだのの話になる、だが自分の国を自分で守ることを忘れて他国のバランスの中で泳ごうとしていたら100年前の韓国と同じじゃないかと

長くなるのでこの辺りで辞めておこう
また機会があったら自分の想いをもうちょっと書いてみようと思うよ


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2010年2月25日

真夏の選挙にどんな夢を見たのだろう

今だから語れる真夏の選挙戦

6月中旬から実は名古屋市議会議員補欠選挙に入っていたおれ
名古屋市議会議員の勢力図が変わるかもしれない重要な選挙ということで愛知県連挙げての選挙でした
しかし中身はと言えばマスコミは東京都議会選挙に集中しすぎており、名古屋市議会議員補欠選挙の取材なんてほとんどいない
新聞にも中日新聞に公示されましたとのニュースがちらっと載った程度らしい
毎晩遅く帰ってきて毎朝早くでかけるおれをみて、うちの母親はてっきり東京都議会選挙を手伝いに毎日東京に行っていると思っていたらしい

たしかに会社やめるまではずっとそんな生活してたけどさ

で、結果は惨敗
候補者とは年齢も近いこともあって結構ショックではあったんだけどね
というかあまりにもマスコミがスルーされた選挙だっただけに途中経過も何もわからぬままにいきなり結論だけが突きつけられた みたいな選挙だった

そして選挙事務所の片付け
片付け終わったら今度は自分の事務所へと戻りいきなり麻生総理の解散から始まるわけだ
おいおい、おれはさっき選挙が終わったばっかりだぞと
選挙ってやってみるとわかるんですが、充実感と共に終わると結構抜け殻になるんです
それでもさすが注目の衆院選、しかも親分であるしのだ陽介氏が直前まで反麻生発言をしていたこともあって結構注目を浴びていて事務所には常にマスコミがいる状況

まあそれでもおれが取材されたところはほとんどカットされててムカっとくるんだけどさw

ネット選挙担当ということで注目がなくはなかったんだけど、イマイチネットを活用しきれなかった感は否めなくはない
その辺はまたネット選挙の項目を別に立てるとしよう

秘書の肩書を持っているといろんな人からいろんな声を聞きます
もっとも多かったのは自民党はもう駄目だということ、民主党は未知数だし不安だけど変えてみてもいいのではないか?という声でした
しかし政権交代をしたらこれだけ世の中は変わりますよと説明しても信じてはもらえなかった
今まで自民党でもだれが総理になっても変わらなかったじゃないかと、だから政権変わっても大して世の中変わらないのだろうと、そう思っている人が多かったのには驚きました

選挙が終り、無職になり、2回の選挙後ということで燃え尽きておりました

「こんなに変わるとは思わなかった」
「自民党の膿を出すだけでいいのに、変なことはするな」
なんて論調の意見を聞くに本当に胸が痛いんです
おれ個人的に民主党政権の批判はしてません、なにせまだ予算案審議中ですからね
しかも我が党は審議拒否のままですからw

今もし政治と金という問題で政治に関心を無くしていたり、やはり政権を変えても無駄だったと思ったりしている人がいるのならばまだ諦めるのは早いんです
予算審議中なんて自民党が与党時代からこんなもんですw
あの選挙後のこんなに変わるんだ?!っていう驚きを忘れずに持って置いていただきたい
なにせ国会議員の中で最も大きな仕事が予算編成なんですから
今回の予算案、時間がなかったろうからどこまで民主党色を出せたかわかりません、だからまだ暫定なわけです
次回、ちょうど1年後くらいに審議されている予算こそがまさに民主党色の予算なわけです
だからそれまでは我慢しろと言いたいんだけどなあ

まあそれ以前に予算案見て絶句するわけですがw

忘れないでいただきたい
一票を入れた人、他に入れた人、投票に行かなかった人
それぞれの立場はあれど民主党は未知数だけど期待して選んだ政権ではないかと
悪いことは悪いと思うが、そもそも自民党の垢を出してもらうための政権だったはずだ
今一生懸命自民党が自浄できなかった部分を掃除しております、当然副作用も強いですけどね
せめて1年はとおもうんだけどなあ

参院選が夏にあります
これでもし民主党が多数を占有できなかったら
もっとも個人的に恐れているのが社民党の影響下から抜け出せなかったらということ
安全保障上本当に難しい政権運営が3年続くわけです
別に民主党を参院選で勝たせろというつもりはありませんが、ねじれ国会で得する国民が居ないのも事実です
自民党には3年後の衆参同日選挙で一気に政権を戻していただければ結構ですから
しばらく安定政権が続くことこそが国益だと考えればあまり政治と金ばかりに執心して判断を誤らないようにと思うばかりであります

最後にもう一度確認しておきますが
私は自民党員ですからねっ!!


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2010年2月18日

イット革命

森喜朗元総理の発言の中でも失笑を買ったこのイット革命
今となってはしかしこの時の決断というのは本当に身になっていると思うわけです

このイット革命発言から数年後、私はまさにイット革命の最前線に居ました
Yahoo!BBとの対決姿勢を鮮明にしたNTT西日本のBフレッツ販売現場です
元々Bフレッツ自体は評価の高い商品ではありましたが、個人が引くにはベーシックプランしかなく、金額的にも工事日的にもとてもYahoo!BBと戦える商品ではありませんでした
かといってYahoo!BBと同じADSLの土俵で戦うというのは価格競争の泥沼にはまる
そこでNTTはBフレッツのファミリープランを導入してこれを持ってYahoo!BBに対抗する姿勢を整えます

年間予算が3000億円とか多分そんな規模で落ちてきました
当然インフラ整備費用も含めてですが、本当に社運を掛けていたんでしょうね
我々の役目はそのBフレッツの拡販、しかしCMにしてもわかりにくいということでNTT初の戸別営業部隊を組織しピンポン営業をさせるということでした
しかしいくら商品力のあるBフレッツとはいえ、価格からすればYahoo!BBの最安プランからして倍近く、とても売れる商品ではありません
そこで私は営業トークにこのイット革命を利用することを営業さん達に教えました
元総理がイット革命と言ったことを営業トークに使う、当然当時はまだ記憶に鮮明だったのでお客様は「ああ、これがあの時言ってたイット革命なのね」と笑いながら話を聞いてくれたものです

森総理の失言がこんなところで生きるなんてね

火がついたBフレッツはメキメキと売れて行きます
それこそ当初の予定を大きく上回ってしまい設備が追いつかなくなるくらい売れて行きます
今でこそ当たり前のように普及している光ファイバーですが、当時はなんでそんなもんいるんだ?的な雰囲気でした
ADSLで十分じゃんという感じです
その雰囲気をこの失言がカバーしてくれるわけですよ
発言こそは間違いだったかも知れませんがIT国家としてというビジョンを示してくれたからこそ国民がそれを認知していてADSLより光ファイバーを選択する人が多かったと思うわけです

やがて火付け役の私の仕事は終焉を迎えます
派遣会社からは普通に契約の延長の話が出てましたが私自身がもう仕事を終えたという達成感があったのでそこで契約を終了していただきました
1年間、商売に失敗して衰えていた気力も活気ある職場にて復活し、さらには自信まで回復させていただきました

政治の力って大きいなと感じました
そして一度人生に失敗した人間を生活できるようにただお金を渡すだけでなく、仕事をするということで社会の一員としての参加意識を芽生えさせ、さらには自信を回復させるということの大切さも学びました
その上で今の民主党政権の取る政策には疑問だけが残ります
最大の雇用対策は実は公共事業だということ、公共事業の内容を見直すのはいいと思いますが公共事業を削って失業保険に金を回すならばその金はずっと固定費として計上されてしまうものだということ
森喜朗元総理の評価は様々ですが、私はこの一件を見ただけでも総理としてちゃんと仕事をした人だと思っております

当然異論反論は受け付けておりますw


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2010年2月12日

国がつき 商社がこねたバブル餅 座りしままに 食うは起業家

タイトルとは関係ありませんがおれまだ結婚できていませんw
多分人様よりも結婚願望は多い方だし、特別二枚目かというわけじゃないけど嫌われるようなキモオタでもないはずなんだけど未婚です

なぜだ?

坊やだからさ ふっ

って、そういうわけじゃないんですがね
多分人間の生涯の中で最も結婚に近い年代であるだろう20代後半を大赤字の会社抱えてウダウダやっていたのが原因なんだと思うんです

携帯電話バブルの崩壊

くらいました、モロにw
わかっていたんです、販売台数の上限をある程度見据えてここに来たら拡販期じゃなくなるから売上が落ちるだろうって
でも現実のモノとなるまで対応ができませんでした
まあそんなもんです、24歳の頃なんて独立していきなり年商10億円ですから、翌年12億円ですから、確かに資料ではそうだけど、きっとそのまま増え続けるだろうなんて甘く考えてましたわさ

って自分の暗い過去の話は置いといて

若い頃からベンチャー、いやまだベンチャーという名前が付く前の学生企業群みたいな時からその中にいます
今では大社長になっていらっしゃる方々やら、東京湾か名古屋港でカニの餌になってしまっている人までたくさんの方を見てきました
自分自身などバブルの狂乱期に踊り切れなかった半端者だと思っております
今現在36歳ですが、大きな波がいくつもあり、それに乗れさえすれば本当に簡単に億という単位の金を稼ぐことができるわけです
だから起業したいという相談を受けると何を悩んでいるのかがさっぱりわかりません、そういう波を感じたから起業したいんだろ?って思うんです
だったらすぐ起業してその波に乗れよって思うんですよ

実際にはまあいろいろと違う理由でって人多いですけどねw

起業なんて波を捉えればなんてことはない、問題はその後です
結局組織っていうのはその目的を遂行するために作られるので、波が終わりそうだと思っても方向転換なかなかできないんですよね
それまで携帯電話を売っていた組織が他の商材を売る組織に変えられるかと言えば否です
年商12億円、普通の企業ならそれなりの規模ですが携帯電話販売業としては本当に小さいレベルの組織ですが、それでも転換できませんでした
業態を転換させるべく行ったのは結局組織解体、そして一人でIT屋に転職したようなものです

起業相談なんて行くと「5年先までの事業計画」とかを要求されます
大笑してやってください、明日をも知れぬ今の自分に5年後なんてわかるわけないって
まず波に乗る、乗ったあとは考える
東京湾や名古屋港でカニの餌になっている方々も、ちゃんと一度は波に乗ったんです、その後どうにもならなくなってそういう状態になったんです
カニの餌にならずとも夜逃げして逃げ回っている人生を歩んでいる人もいます、法的に処理をして今は普通に働いている人もいます、そういう人達も一度は波に乗ったんです
波の頂点で商売をやめてのほほんと暮らしている人もいます、その金でさらに大きな波を捉えに行った方も大勢いらっしゃいます、その中で一握り、次の波を捉えている方もいらっしゃいます
まずは一度目の波に乗れるかどうか、これはもう経験も実績もない状態で乗らなければならないので本当に半丁博打ですから、まずその博打に勝ってください、それが起業の重要なポイントです

ってこんな適当なこと書いてておれ大丈夫なんか?w

波を感じるには、ってものすごく簡単なことです
そういう業界に入ってください
言葉は悪いかも知れませんが「こんなバカ社長でも儲けられるんだ」って感じられたら正解かもw
大体起業を考える人って頭でっかちになりすぎなんです、社長がもし万能人間の人格者でなければならないとしたら、夜の繁華街はあんなに賑わうでしょうか?
どちらかと言えばお馬鹿でお調子者でナルシストないと起業なんてできません
足りない物なんて他が補えばいいんです、頭いい人、しっかりした人、そういう人をまとめる力があればいい
世の中ってそんなもんです
社内にそういう人がいなくてもいいんです、外にそういう人がいて信頼関係ができていればね

そう、おれのことですよw

みなさんどんどん起業して儲けてください
そしておれにコンサルティング料金を支払ってください
お約束ですよ!

結論:で、タイトルはなんだったんだ?!w


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